※注意書き※
このSSは、妄想成分を多分に含んでおります。
一般の方がご覧になると、残念な文章力による不快感、難解な構成力による不安感、
容量ギリギリの長文による倦怠感などに襲われる可能性があります。

よって、少しでもそれらの症状が表れる場合は、速やかに閲覧を中止されることをお勧めします。

by.オートマタ

　その雪は、昼夜を問わず降り続いていた。
　イススィールを包み込む猛烈な寒波は、島全域に大雪を降らせたという。冒険者の手続きを取り仕切る管理局は、この異常気象による次元の歪みを危惧し、冒険区域への立ち入り禁止の令を発した。
　局によると、ひと月はこの状態が続くとの予報である。多くの冒険者は、長い足止めに気を揉みながらも、島での待機生活を余儀なくされた。
　雪はなお、時間とともに積もり続ける――


-Eternal Desire- Private Short Stories
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　Episode06　『ＴＨＡＷ』
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「はうぅっ……お外、寒ぅ～いっ！」
　扉を開けて開口一番、シーナが身震いして体を縮こませる。
　連日の雪で、外は一面銀世界に覆われていた。零れる吐息が真白に染まる。後に続く者たちもまた、その身に瞬時に襲い掛かる冷気を浴びて、思わず肌を摺り合わせた。
　市場のある港湾区域へと続くメインストリートは、島に住む人々の生命線なだけあって十分に整備されている。昼夜を問わず降り続く為、道に雪が積もらないでいる事はないが、出歩けない程ではない。勿論、注意を怠ればたちまち滑って転んでしまうが。
　――ドテン！　と、早速一人が尻餅をついた。
「あいたたた……もう、嫌だわ。お尻が濡れちゃったじゃない」
　ギルド・レジェンヴィスの新顔、セリスが尻をはたきながら呟く。彼女が動く度、首に蒔かれた羊毛のマフラーがふわりふわりと揺れる。それは勿論セリス自身が紡いだお手製のもので、この季節には欠かせない防寒具である。
「あはは、今日はもう仕方が無いんじゃないかな。ほら、見て」
　黒の冬服で身を包んだ落ち着いた女性、ユウが視線を促す。見ると、街行く人々の中にも二、三人、少し湿った尻を払いながら往来している者がいた。成る程、転ぶ度にいちいち着替えに戻っていれば、間違いなく日が暮れてしまうだろう。
　直後、勢いよくドアから飛び出したアメリアが、ずしゃあっ――と、前のめりに滑って転んだ。姉が慌てて身を起こさせ、身体じゅうの雪を払う。
　少し遅れてハレルヤ――さすがに今日はおでかけ用の厚着である――と、アクラも姿を見せた。ぶるっと、小さく身を震わせる。
「はむ、ちょっと遅れちゃいましたかね。それじゃ行きましょうか」

　銀白の道を歩み進む６人。目的は二つ――ひとつは、前々から約束していた女同士での買い物の為である。セリスがギルドの一員に加わった際、アクラが買い物に誘ったのがきっかけだった。因みに、ユウは半ば強引に誘われて、その妹アメリアは面白そうだからと言って付いてきた。
　そしてもうひとつの目的は――季節柄のものである。セリスやユウにとっては、こちらの目的のほうがメインなのかもしれない。今日は留守番をしているオートマタも、彼女たちに期待の視線を投げかけていた。
　この雪のなか外出する者の姿も、どちらかと言えば女性のほうが多いように見える。きっとその多くが、この後者の目的を遂げるためなのだろう。市場に近づくにつれ、それが顕著に伺える様子を見せていた。

　――なお、市場に着くまでの間で最も多く転んだのは、シーナの４回である。

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　外来の拠点であり、様々な文化の受け口となる港湾区域の市場。ありとあらゆるものが揃うこの場所では、冒険用の物品を取り扱うリュクレースの店では見られないような物品も多く見られる。とりわけ嗜好品や、お洒落を目的とした衣服など、日常を彩る為のアイテムを求めるならば、こちらの方がいい。
　冒険者だって、島で生活する以上はこういった潤いが必要である。
「あっ！　ここ、ここ！　こないだ来てすっごい可愛い服とか沢山あったの、ここ入ろーよっ！」
　ハレルヤに促され一同が入ったその店は、女性用――と言うよりもっと少女趣味な、甘い非日常を思わせるような雰囲気に包まれていた。ディスプレーに飾られた衣服は、ひらひらしたフリルが幾重にも折り重なり、ふんわりとスカートが広がっている。機能性を度外視し、ただ純粋な可愛らしさをを求めたような、そんな自己愛的な世界。
「はうぅ……かわいいよぉ」
　恍惚の表情を浮かべ、アクラがふらふらと中へ吸い込まれてゆく。シーナとセリスも、きらきらを目を輝かせて周囲を見渡していた。逆にユウは、かつて触れた事の無い雰囲気に身をすくませ、思わず後じさる。
「ハルちゃんハルちゃん、ほら見て見て、可愛いアクセサリーもあるよ～」
　リングやブローチなど、様々なアクセサリが所狭しと並べられた棚に、シーナが釘付けになっていた。近くに居たハレルヤを呼び止め、一緒に眺め見る。
「――あっ、珍しい、インコ型のブローチだ～！　あはは、るーちゃんそっくり！」
　型に乗せたお散歩インコのるーちゃんを、ブローチと一緒に並べて見せる。喜んでいるのか怒っているのか、本物のるーちゃんは羽をばたばたと広げだした。その様子を横目で見て笑いながら、ハレルヤも物色を始める。
　ハート型、バラ型など、様々な形のヘアアクセサリーが並べられていた。その中の一つにふと視線が止まる。
「あっ――」
　何となく気になったそれに、手を伸ばす。つまみ持ち、自身の目の高さまで持ち上げ、まじまじと眺め見た。透き通った青、翼の形をした、小さな髪留め。
　――そのデザイン、その色から連想される、“かの者”のイメージ――
「あ、ねぇねぇハルちゃん、その髪留めの色と形……何だかセ――」
「だーっ！！　違うってば！　そんなんじゃないってば！！」
　殆ど言いかけてもいないのに、顔を真っ赤にして言葉を遮った。バシバシと、ものすごい勢いでシーナの背中を叩きつけながら。

　シーナがモータルヒットを受け尊い犠牲となっていた頃、試着室の前にてセリスが一人、手を合わせながら待機していた。
　やがて片側の試着室のカーテンが開き、中からはひらひらのワンピースに着替えたアクラが姿を現す。着慣れない衣装に、少し気恥ずかしそうな表情を浮かべながら。
「ど、どうですかぁ……？」
「まあぁ……可愛いわ、すっごくお似合いよ！　まるでお人形さんみたい」
　セリスもまた、うっとりとした表情を浮かべて賛辞を呈した。アクラがくるりと身を翻すと、それに合わせてスカートがふわりと揺れ、ひらひらが踊る。以前（何故か）ラゼルが着ていたひらひら服に、負けず劣らずの可愛らしさ。
「はむ、じゃあこれに決めちゃいますか……さて、ユウちゃんの方はどうですかぁ？」
　隣の試着室に、妹と一緒に入り込んだ――否、連れ込まれたユウの様子を伺う。カーテンは閉められたままだが、なにやらドタバタと中で動く音と、二人の声が聞こえる。
「や、やっぱりダメだって、こんな服……恥ずかしいって」
「いいじゃない、お姉ちゃんだって素材はいいんだから。たまにはこういう服着なきゃ」
　次の瞬間、ガラッと勢いよくカーテンが開いた。その先には、やはりふりふりひらひらの衣装に身を包んだ、平時では間違いなく見ることができないような、ユウの姿。
「はぅ～、お持ち帰りぃー☆」
　見るや否や、アクラが目の色を変えて悶絶する。ユウの腕を肩にまわして背負い、空いているもう片方の手で腰を支え、そのままお持ち帰りしそうな勢いで小躍りし出した。隣ではアメリアが、プロデュース成功で満足げに腕組んでいる。
「うぅ、私こういうキャラじゃないのに……」
　力なくうな垂れて呟くユウの声は、残念ながら誰に届くこともなかった。

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「ただいまー！　はふぅ、疲れたー！」
　いの一番にギルドに駆け込み、ロビーの椅子にもたれ掛かるアメリア――因みに、彼女は帰り道で２回転んだ。
「うわん、服がびしょびしょ……」
　更に３回転んでいたシーナは、帰るや否やすぐに着替えるべく、シャワールームのある二階へと向かった。ぱたぱたと、るーちゃんもその後を追いかけて飛んでいく。
　その後に続く者たちも皆、買い物した荷物をテーブルに置き、椅子に腰掛け一息ついた。
「みんな、お帰りなさ～い。寒かったでしょう、あったか～い紅茶を入れましたよ」
　カウンターの陰からひょっこりと、オートマタが姿を現す。頭上で銀トレイを支え、その上には紅茶の注がれたティーカップが６つ。小慣れた様子で彼女達が座るテーブルへと運んでいく。
「ありがとうオートマタさん――あら、この香り……もしかして」
　カップを手に取り、立ち込める湯気を鼻腔に運んだユウが、ふと何かに気付く。他の４人も、驚いたような表情を浮かべていた。
「面白いでしょう、チョコレートフレーバーティーなのですよ。この日の為に仕入れてみましたっ」
　一見普通の紅茶だが、立ち込める香りはチョコレートそのものであった。暖かな紅茶の味わいと、同時に鼻を抜けるチョコレートの微かな香りが、新感覚の味わいを醸している。
「不思議ね……こんな紅茶、初めてだわ。もしかしてオートマタさん、今日はこれを……？」
　セリスが尋ねる。勿論、と首を縦に振るオートマタ。そう、全ては新暦における今日この日の“風習”の為であった。
　女性から男性へ、愛情のしるしとしてチョコレートを贈るという、外の世界における風習。外からの冒険者が招き入れた、この島では新しい風習の一つである。
　基本的に贈り物はチョコレートがポピュラーであるが、別にそれに限られる訳ではない。実際、リュクレースは毎年この時期に合わせて、男性の冒険者にポーションの差し入れを行ったりしている。また、愛情といってもひとえに恋愛的な感情だけでなく、親愛や友愛、果ては義理立てとして贈られる例もある。
　彼女達が買い物に出掛けたもう一つの理由――ウィンドウショッピングに興じていたセリスや、結局ひらひらの衣服を買わなかったユウの荷物が多いのは、まさにこの為であった。
「はむ、考えましたねオートマタちゃん、私は出来合いのチョコを買っただけですのに」
　そう言ってアクラが取り出したのは、串焼きヘビ型とビーフジャーキー型の造形チョコであった。誰に贈るつもりなのかは――容易に想像できた。
「んふふ、こういう“変わりダネ”は、私の得意技なのですよっ！　……さて、私も一口――って、あれっ？」
　最後に一つ残ったティーカップに口を付けようと、頭に乗せたトレイを下ろす……が、いつの間にかトレイ上には何も残っていなかった。紅茶は６つ用意したが、シーナは真っ直ぐ二階へ向かった為、本来ならば１つ余っている筈だが――
「はふぅ、紅茶おいしおいし」
　カウンターの向こうで、プレアが飲んでいた。きいいっ、と奇声を上げ、オートマタが手中のトレイを投げつける。どうやら買い物組が外に出ている時に、二人の間に何かあったらしい。
「あはははは……さて、それじゃあ私達もそろそろ、チョコ作りといきますか」
「そうね、これからが本番ね。腕が鳴るわ」
　ユウとセリスが席を立ち、荷物を手に取る。買い物袋の中は、手作り用のチョコレートの素に、卵やバター、砂糖に小麦粉といった材料の数々。それらを抱えて、厨房の奥へと向かった。

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　調理台に必要な材料を広げていく。オーブンと湯せんに使う鍋を先に温め、その間に型の準備をする。エプロンの紐をしっかりと締め、ユウは腕まくりした。
「ギルドメンバー全員分となると……３～４台は必要かな。うちには大食らいの人形やメカが居るから、少しぐらい多めに作る感じで丁度いいと思う」
「うふふ、そうなのね、分かったわ――あら、ハレルヤさん？」
　やはり買い物袋を抱え、厨房に入り込んできたハレルヤの姿に、セリスが気付く。二人と一緒に、彼女もチョコレートの素を買い込んでいた。それも、結構な量を。
「ごめんねお二人さん、あたしにもちょっと場所分けてもらっていいかな？」
　言うや否や、どさりと音を立てて作業台に袋を乗せる。その衝撃で袋の口から２、３包のチョコレートの素が零れ落ちた。
「す、すごい量ね……」
「へへん、すっごいでしょ！　これで、びっくりするぐらい大きいチョコを作るんだっ！」
　腕まくりし、意気込むハレルヤ。お世辞にもお菓子作りが得意ではない――と言うより、まともに作った事も殆ど無い訳だが。それでも勢いだけで何とかしようという様子は、容易に伺えた。
「これだけ量が多いと、テンパリングも大変そうねぇ……」
「え？　大丈夫大丈夫、テンパったりなんてしないって！」
「………………」
　正直、前途多難であった。
「ま……まぁ、私達も合間合間で少しぐらいは手伝ったりもできるから。とりあえず、それだけ多いとチョコ溶かすのも大変そうだし、先にこんろを使うと良いよ。私達はその間、メレンゲ作ってるから」
　温めていた湯せん用の鍋を横に避け、ハレルヤ用に大きな寸胴鍋を用意した。ハレルヤがこんろを使う間、ユウ達はメレンゲ作りに取り掛かる。卵を割り、白身のみをボウルに落とす。さすがに量が多いため、二つに分けて作ることにした。

「ふぅ、こんなところかしらね」
　リズミカルに泡立て器を回転させ、綺麗なメレンゲを仕上げる。セリスもユウも、お菓子作りが得意なだけあって手馴れたものである。泡立て器を持ち上げると、ピンと真っ直ぐに角が立ち、上々の仕上がりを認識させた。
　しかしその直後、背後から何やら焦げたような臭いが立ち込める。
　振り向けば――ハレルヤがかき混ぜている寸胴鍋の中から、黒煙が上り始めていた。
「ちょっ……ハレルヤさん、焦げてる！　早く火から下ろして！」
　ユウの悲鳴を受けて、慌てて火から鍋を下ろした。鍋の中から間違いなく、焦げた臭いが生じていた。それもその筈、鍋にそのままチョコを入れ、直接火にかけていた様子である。
「ふえぇ……何で？　どーして焦げちゃうの？」
「そりゃ直火で溶かそうとしたら焦げるのは当たり前だよ……普通は湯せんだから。しかしこんなことする人、オートマタさん以外で初めて見て……」
　それほど衝撃的な出来事だったらしい、セリスも開いた口が塞がっていなかった。どうやら素でやっていたのだろう、自らが犯した過ちに、涙目で慌てふためくハレルヤ。
「ふえぇぇ……どーしよコレ、どーすればいいの？」
「落ち着いてハレルヤさん。幸い、上の方は焦げていないから、まだ使える筈。無事なところだけ集めてやり直せば……」
　溶け切っていない上のほうのチョコを掬い出し、ボウルに移し変える。底のほうは完全に焦げてしまっていたので、かさは大分減ってしまっていた。少し勿体無い気はするが、さすがに焦げたチョコを使う訳にはいかないだろう。ユウ達が予め用意していた鍋をもう一度こんろに掛け、今度は湯せんでチョコを溶かした。
「あ～あ、勿体無いなー……折角でっかいチョコ作ろうと思ったのに、これじゃ普通のサイズになっちゃうじゃん……」
「仕方ないわね……でも、チョコは大きさじゃないわ、気持ちよ。気持ちさえ込めれば、きっと相手に伝わるわ！」
　すっかりしょげてしまったハレルヤを、セリスが励ます。その言葉を受けて、ハレルヤももう一度やる気を取り戻した。眼中に炎が灯り、再び気合を込める。
「そ――そーだよねっ！　よし、やるぞおおぉぉぉ～！」
　かくして、ハレルヤ一世一代のチョコ作り、その第二幕が開かれた。

　３人のお菓子作りは、黙々と進んでいた。
　ハレルヤは、溶かしたチョコレートをハートの型に流し込み、冷蔵庫で冷やし固めている最中である。ユウ達の調理も着々と進んでいた。とろりとしたチョコクリームにメレンゲが練りこまれ、小麦粉が加えられていき、生地を仕上げる。それを型に流し入れ、後はオーブンで焼き上がれば完成である。
　そんな中、ハレルヤだけはまだ作業を進めていた。余った僅かなチョコレートを、もう一度湯せんで溶かしている。
「――あら？　ハレルヤさん、まだ何か？」
　セリスの声を受けて、振り返ったハレルヤがニシシと笑う。
「余らせちゃうのは勿体無いじゃん。自分の分も作っちゃおうと思ってさ」
　そう言って、溶かし混ぜられた微量のチョコレートを、小さなブロック状の型に流しいれた。さらに竹串を取り出し、何かの模様を描いていく。
「……羽根の模様？」
　それは、ハレルヤの髪に飾られた――先ほど購入していた、翼の髪留めの模様だった。どうやら余程気に入ったらしい。よしっ、と満足げに頷き、冷蔵庫に入れた。
「さて、あとは待つだけね。完成が楽しみだわ」
　セリスの顔に、屈託の無い笑顔が生じる。完成する頃には、皆ギルドに戻ってくるだろう。それ故、時間の経過が待ち遠しくも感じる。そんな期待に胸を膨らませながら、３人は厨房を後にした。

　――そして１時間後、ロビーには着々と人が集まっていた。

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「ンだァ……？　クソガキが、何なら俺と勝負するか？　格の違いを見せ付けてやるぜぇ」
「うるせーよこの野郎。やってみなきゃ分かんねーだろ、上等だぜ……」
　椅子の上でふんぞり返り不適に笑むハイレオンを、真っ向からにらみ付ける竹刀の姿。相変わらず、この二人の間に喧嘩は絶えない――水と油である。丁度傍に居合わせたシーナがあたふたしながら止めに入ろうとする。。
「うわん、二人とも喧嘩はよくないデスよ～」
「ケッ、女はすっこんでな！　俺様の実力を見せてやる……いくぜッ！」
「来いよ、クソガキ！　返り討ちにしてやるぜ！」

　――チョコの数勝負！

　竹刀：３個
　ハイレオン：８個

「くっそおおぉぉぉッ！　勝てる気がしねえええぇぇぇぇ！！」
「……けどよォ、全部義理なんだぜ、これ……ンなもんで勝っても嬉しくねぇんだよッ！！」
　空しさしか残らない決着が付いた。その場に崩れ落ちる二人の男。
「どう見ても負け犬です、本当にありがとうございました」
　傍から見ていたプレアが、とどめの一言を浴びせた。つい先ほど帰ったばかりのセツナが、その様子に苦笑しながらも彼女を諌める。
「ははは……プレア、あまりからかうもんじゃないよ。――ところで、何かいい匂いがするけど……今日は何かのパーティー？」
「そうね、特別な日には違いないと思うわ。少なくともセツナさん、あなたにはね」
　背後からの声に振り向くと、セリスの少し悪戯めいた笑顔。その手のトレイには、完成したチョコ菓子が切り分けられていた。
「さあさ、みんな、ガトーショコラが出来上がったわよ！　今日のために、ユウさんと一緒に作ったの。沢山あるから、みんな遠慮せず食べて頂戴ね」
　お手伝い役のオートマタを引き連れ、セリスが直接、各々が座ったテーブルに盛り付けた皿を配っていく。しっとりと美味しそうに焼きあがったガトーショコラを見て、うな垂れていたハイレオンもすっかり元気を取り戻した。
　棒立ち状態のセツナには、直接皿を手渡した。
「はい、セツナさんも、どうぞ」
「ありがとう、ございます……あ、あの、さっきの言葉の意味って……？」
　少なくとも自分には、特別な日である――と言われた。その発言の意味を図りかね、尋ねる。
「うふふ、勿論言葉どおりの意味よ――さっ、ハレルヤさん、いらっしゃい」
　厨房のハレルヤに向かって呼びかける。急にハレルヤの名前が出されて、セツナもどきりとして、背筋がぴんと伸ばす。……しかし、彼女が厨房から出てくる気配は、一向に無い。
「……あ、あら……？　ど、どうしたのかしら……？」
　予想外の流れに、セリスの表情に困惑の色が浮かぶ。そういえば、厨房に居るはずのユウも姿を見せていない。何か不足の事態でも起きたのだろうか――セリスは慌てて、カウンターの裏へと周り厨房を覗き見た。

　厨房では、困惑した表情のユウと焦燥したハレルヤが、調理台に置かれたハートの肩を睨んでいた。型を逆さにし、ガンガンと台の上に叩きつけている。
「えいっ、このっ――何でっ！？　何で出てこないのっ！？」
「もしかして、テンパリングに失敗したんじゃ……」
　セツナが既に帰ってきていることは、カウンターの向こうから聞こえる声で知っていた。それ故の焦りが、冷静な判断を判断を失わせる。ハレルヤは力の限りをもって、型を台に打ちつけた。
「早くっ……早く、出てきてよっ！！」
　ガツン！　と、大きな音を立てて型を叩きつける。その瞬間、パキリという乾いた音とともに、手に伝わる嫌な感触。恐る恐る型を持ち上げ――ハレルヤの顔から血の気が引いた。
「あ……あぁぁ……」
　ハートのチョコは、無残にも割れていた。
「そんな……こんなのって……」
　中央で、きれいに真っ二つ――見るも無残な姿だった。隣で見ていたユウも、思わず手で口を覆った。ハレルヤの瞳から、大粒の雫が一つ、零れ落ちた。
　直後、ロビーに繋がる背後のドアが、ガチャリと音を立てて開く。
「ハレルヤ……？　そこに居るの？」
　セツナの声だった。
　はっとして、思わず振り返ったハレルヤは――すぐさま調理台に向き直り、真っ二つに割れたチョコに対し、拳を打ちつけた。何度も何度も拳を打ちつけ、ハート型だったチョコが粉々に崩れていく。
「ハレルヤ！」
「ハレルヤさん、何てことを……！」
　５、６度打ちつけたところで、振り上げた拳をセツナが掴んだ。余程力強く叩いたのだろう、握り締めた拳の色は、黒ずんだチョコの汚れの下で、赤く色付いている。拳を止められ、ハレルヤは力なく崩れ膝を突いた。
「もう止めるんだ、ハレル、ヤ――！」
　言いかけて、セツナは息が詰まった。見上げたハレルヤの顔が、止め処なく溢れる涙で濡れていた。紅潮した頬と鼻先。呼吸もままならない口元からは、嗚咽が漏れた。
「見られ……たく、無かった……。こんなとこッ、セツ兄にだけは……見られたくなかったのに……ッ！」
　くしゃりと、ハレルヤの顔が歪む。
「サイテーだよッ！　かっこ悪いよッ！　あたし、バカみたいだよ……」
　ぼろぼろと、涙が零れ落ちる。握り止めたままの拳は、ハレルヤの全身とともに小刻みに震え、厨房には彼女の泣き喚く声だけが響いていた。もう片方の手で、彼女の頭を優しく撫でる。視線を調理台に移すと、粉々に砕けたチョコレートが散乱していた。そして、その脇に置かれていた物にも、気付く。
　セツナは掴んでいだ拳を静かに放し、小さなブロック状のそれに手を伸ばした。屈み込み、顔を覆うハレルヤの眼前にそれを運び、見せる。
「ねぇ、ハレルヤ……これ、君のその髪飾りと、お揃いなんだね」
　それは、翼のデザインが掘り込まれた、小さなチョコだった。
　チョコを見つめるハレルヤに対し、笑顔を見せてセツナが尋ねる。
「これも、君が作ったものなのかい？」
　――黙したまま、小さく頷く。
「そっか。ハレルヤ、これ……僕が貰っても、いいかな？」
　――小さく、頷いた。回答を得て、その一口大のチョコを口内に運ぶ。
「……うん、おいひい」
　口内で溶けるチョコを、ゆっくりとかみ締めるように味わう。もう一度、ハレルヤに優しく微笑みを向けた。
「ありがとう、ハレルヤ。その髪飾り……すごく似合ってるよ」
　直後、はじけるようにしてハレルヤの身体がセツナに飛び掛り、彼の胸に顔をうずめた。体勢を崩し、尻餅を付くセツナ。その彼に抱き止められ、ハレルヤはせきを切ったように、泣いた。
　しがみ付き、親に甘える子供のように泣き続ける彼女の頭を、ただただ優しく撫でた。
　撫でる度に、髪の上の青い翼が優しく揺れた。

　――暫くの後、我に返った彼女が覗き込むギャラリーの視線を浴びて、恥ずかしさのあまり暴走してしまう事は、言うまでもない。

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　その雪は、昼夜を問わず降り続いていた。
　警報はまだまだ解除される目処も立たないが、決してこの状況が永遠に続くなどとは、誰も思っていなかった。皆、冒険の再開を待ち望んでいるからこそである。
　やまない雪は無い、溶けない雪は無い。ならば、雪解けの春を待とう、それは必ず訪れるのだから。
　春はきっと、時間とともに近づいている――


Episode06……ＥＮＤ