※ちぅい書き※ 

これより先は、妄想甚だしい自己満足世界です。 
SSとか同人的要素すっごい苦手な人とかはお控え下さい。 
あと自分以外のキャラも平気で出しちゃっている程度の迷惑千万ぶり。 
苦手な人はばっくすぺーす推奨ですのでご注意を。

by.オートマタ

　
　
　見上げた空は、黒錆色に淀んでいた。 
　風も無い静かな街道に響く足音が一層早まる。湿った空気が、ぬらりと素肌に纏わり付いて鬱陶しい。じわり、と背中が滲む。 
　２羽のツバメが足元を飛びぬけていった。大きく空気を吸い込むと、微かに感じる鉄錆の臭い。 
（降り出すかな……） 
　思うや否や、足元が斑に濡れた。ざぁっ……と、耳障りな音が辺りの静寂を一気に流し去り、石畳に飛沫が上がる。駆ける足音は完全に掻き消されていた。 


-Eternal Desire- Private Short Stories 
￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣ 
　Episode01　『ＨＯＭＥ』 
￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣￣ 

「うわぁ……びしょびしょだよ。酷いなぁ」 
　勢いよくレジェンヴィスに転がり込んだセツナは、玄関口で一人呟いた。開いた扉の向こうで、地面を叩きつける雨音がけたたましく鳴り響いている。バタム、と直ぐに扉を閉めると、耳障りな音は幾分和らいだ。身体は酷く濡れている……とりあえず厨房のタオルを借りよう、そう思いながらカウンターの奥へと潜った。 

　イススィール島の港町、冒険者同士の売買取引が盛んな商業通りに位置する、元喫茶店。これを改修し、冒険者の集い場『レジェンヴィス』としたのが、ちょうど１年前。今では20余人の同志を抱える、相応の規模を持ったギルドに成長した。 
　発足の中心メンバーであり、現在マスターを務める若いエルフの青年セツナ・シアーフレイ。最近では技術士としての腕も買われ、冒険以外の仕事も多く舞い込んで来て、忙しい日々を過ごしていた。タオルに包まりながら、厨房から出てきたセツナは、ほうっ、と溜息を漏らし、呟く。 
「最近、色々あってゆっくり出来てないな……。報告書も目を通すだけで精一杯とか、うん、申し訳ないや……」 
　本来ギルドメンバーの集い場として使われる、元喫茶店のロビー。内装は小奇麗に整えられ、カウンターには人形、各テーブルには花が丁寧に飾られている。今すぐにでも経営ができそうな完成度を保っているが、現在ここには一人の姿しか居ない。 
　他のメンバーはおそらく、二階の部屋に籠もっているか、外出中で戻っていないのだろう。皆、冒険に日々の仕事にと、セツナ同様忙しさに追われている。 
　わしゃわしゃと頭髪を掻き乱し、タオルを被り込みながら、大きく背伸びをする。ふと、視界の先にあるカレンダーに目が留まった。 
「……あれ、もしかして……」 
　つかつかとカレンダーに歩み寄り、日付――今日の数字の所に焦点を合わせる。 
「そっか、今日で一応、一年になるんだ。なんだか、あっという間だったなー……んん、とりあえず」 
　ごそごそ、と濡れた鞄を漁り、何も無かったのか今度は周囲に視線を動かす。カウンター横のコルクボードに目が留まり、その脇に掛けられた赤色のペンにさっと手を伸ばした。そしてカレンダーの前に戻ると、目立つように印を付けながら大きめの文字で書き込んだ。 

『☆ギルド運営開始一周年☆　ギルドの皆、いつもありがとう！byセツナ』 

　これでよし、と大きく頷きペンを戻す。誰かがこれを見て、感慨に浸ってくれればそれで良いだろう。そんな風に思いながら、満足げに階段を上っていった。物音の消えたロビーには、外の雨音に混じって、微かにシャワールームが使われている音も響いていた。そして、今し方書き込まれたカレンダーの前に、物影が動いた―― 

　　　　※　　　※　　　※ 

　翌日、セツナはやはり外出していた。昨日からの仕事はまだ片付かないらしい、気付けばもう日が傾き始めていたので、今日も途中の段階で切り上げ、帰路に就いた。 
　昨晩の豪雨が嘘のように、今日の空は鮮やかな茜色に染まっていた。高く飛翔するツバメの姿がシルエットを残し、何ともいえない美しさを表現している。明日も晴れればいいな、そう思いながら石畳を一人歩み進む。あと十数メートルでレジェンヴィスの玄関口――というところで、その前に佇む二つの人影に気付いた。 

「おッ、やあっと帰ってきたな、兄貴！」 
「全く待ちくたびれたぞ。主賓が居なくては始まらないだろう……ほら、早く来るんだ」 
　手を頭上に組み、白歯を覗かせるユテル――そして、本をパタンと閉じ、呆れ顔で睨み付けるラゼルの姿だった。 
「えっ…えっ？何、どうか、したの……？」 
　全く予想外の出迎えに、セツナは半ば混乱した。――主賓？何かあったっけ……頭の中で考えを巡らせるが、どうにも回答を手繰ることができない。にわかにユテルが駆け寄り、腕を鷲掴んで引き摺った。 
「……わわっ、ユ、ユテル、ちょっとっ……！」 
「ほら、早く早く、入った入った」 
　豪快に玄関を開け放ち、ユテルの手によって押し込まれるセツナ。バランスを崩し前のめりの体勢で転がり込んだ。顔を上げるとそこには――今では珍しいことに――多くのギルドメンバーが一同に会していた。 

「「「レジェンヴィス一周年、おめでとー！！」」」 

　一斉に、クラッカーの音が鳴り響く。改めて周りを見ると、まるでパーティーが催されるような、賑やかな飾り付け――否、パーティーは今開催されたのだった。 
「わーい、セツナちゃんが帰ってきました！えへへ、るーちゃんもはしゃいじゃってマス」 
「セツナさん、お疲れ様ですの。今日の料理は私が思いっきり腕を振るいましたの」 
「あー、うっせぇな女どもは。おら、呼ばれたから仕方なく来てやったぞ。俺はまだここに来て２ヶ月ぐらいだけどな」 
　メンバーが各々、主賓に言葉を掛け出迎える。セツナを中心にして輪が出来上がっていた。全員とまではいかないが、大半のメンバーがこの場所に集っていた。 
　輪の外では、オートマタが逃げ回っている。その後ろから、プレアがハムスターを見せながら追いかけている。ついでにぽちも後を追う。 
　ハレルヤは、輪から少し離れたところで、複雑な表情で輪の中心を見ていた。視線に気付いたセツナが輪から抜け出、視線の主の眼前に立つと、彼女は気恥ずかしそうに目を逸らした。 
「ハレルヤ……まだ……」 
「ん、大丈夫……ほら、今日はめでたい日なんだし、さ……。あたし一人沈んでて、空気悪くする訳にもいかないし……あははっ。ほら、気晴らしに今日ぐらいは思いっきり騒いで、思いっきり食べちゃおー！」 
　ごまかすように笑顔を作り、テーブルに並べられた料理に手を伸ばす。居たたまれず言葉を掛けようとするが、間にシーナが割り入り、静かに首を振った。本当に辛ければパーティーには参加していないだろう、こうして顔を見せてくれたこと自体が、彼女なりの気遣いだったのかもしれない。 

「さあさ、積もる話もあるでしょうし、まずは折角の料理を頂いちゃいましょ。ママソもうお腹ペコペコよ」 
　ママソの手拍子を合図に、立食パーティーが始まった。選り取りみどりの料理を皿に盛り、立ち話をする者。周りに目もくれず貪る者。ウイセーユを片手に早速酔っているのは、ファリスのようだ。 
「んー、染み入るねぇ、ディグラッド謹製はやっぱり一味違う」 
「ファリス、酒飲めたんだ……僕も頂こうかな。あ、ニニスも飲む？もう注いじゃったけど」 
「わ、私はその……御免なさい、未成年ですから……ところでプリシラさんが、先ほどからすごい量を皿に盛り付けているみたいですけど……止めるべきでしょうか？」 
　いつにも増して賑やかな表情を見せるのは、陽だまりの唄の一同。あくせられーたのアクラも、同じ輪に加わった。 
「……あっ、アクラさん。もし良かったらこのウイセーユ、飲みませんか？」 
「はむ、ごめんなさいですよ、私もお酒はあまり好きじゃなく。ところでトーイさんでしたっけ、同じ闇魔法の使い手として、話を聞いてみたいのですけど」 
　場が盛り上がると、自然と各々パーティの垣根も越えて、輪が広がっていく。冒険譚であったり、成長についてであったり、はたまた日常のこと、好きなもの、事欠かない話題の数々――食べるのに夢中なものも、中には勿論居るが。 
　空いたテーブルを使って、ノルクに腕相撲を申し込んだのは、ユテルだった。 
「あはは。どーん！」 
　一瞬で勝負が付いた。ユテルの腕が、若干テーブルにめり込んでいる。 
「ぎゃああぁぁぁ！痛えぇぇぇーッ！」 
「何やっているんですか、無謀な勝負なんて挑むから……ハイキュア！」 
「人間が機械に挑むこと自体が、間違っていると思うな……おいらも」 
　ユウとスズは呆れ顔、反面ノルクは満面の笑顔。 

「うわー」 
　傍目でその光景を見ていたセツナも、思わず顔を引きつらせた。備品のテーブルも壊されてしまったことを考えると、少し頭が痛い。ぽん、と肩に手が置かれる。エドであった。 
「はは、済まないね、うちのノルクがとんだ失礼をしてしまった」 
「あははは……いえ、もとはユテルから言い出したことみたいですし。本当、ユテルってば無茶するなぁ」 
　苦笑いを浮かべるセツナを見て、エドはいつになく優しげな笑顔を浮かべた。 
「……素晴らしいものだと思わないかな？こうしてギルドの一員が集まって賑わいを見せてくれるのも、結束の強さから来るものだろう。皆、このレジェンヴィスが好きなのだ。悩みを抱えていても、辛く苦しい日々を過ごしていても、皆がここに集い、安息を求める。ここには、いつだって皆が居てくれるからね」 
「エドさん……はい、そうですね……本当に」 
　セツナの表情から、笑顔が零れる。和気藹々と盛り上がるギルドのメンバー。それぞれが、それぞれの感情を持ち、それぞれの思惑とともに冒険を続けている。それらは、他者が縛れるものではない。 
　しかし、冒険から戻り、身体を休めるこの場所だけは、皆の共有する世界なのである。この世界を守り続けて早一年――途中でメンバーも増え、更にギルドとして成長した。これからも、この世界が在り続けていて欲しい。そう願う気持ちは、きっと一人だけではないだろう。 
「ありがとうございます、こんな素敵なパーティーを……あれ？そういえばこのパーティー、企画した人はそもそも誰なんですか？」 
「……ふ、さぁね、誰だと思うかな？」 
「……？？？」 

　賑わうパーティーの輪から少し離れたところで、テーブルに腰掛ける人影と物影――ラゼルとオートマタの姿がそこにあった。手作りプリンで舌鼓を打ちながら、満足な笑顔を二人浮かべている。眼鏡をクロスで吹きながら、小さく呟きかけた。 
「大成功だね。流石オートマタさん、といったところかな？」 
「いえいえ、私は何もしていませんよ。集まって下さったのは、みんなな訳ですし……急な話だったのに、何とか予定を合わせて下さったり、料理まで用意して頂けて……。私こそ、みんなに感謝したいぐらいです」 
「そんなこと言って、君だって皆が居ない間にお部屋の飾りつけ、頑張っていたじゃないか」 
「……内緒ですよ？……ん、プリンおいちっ」 
　パーティーには、主催者が居て、主役が居て、参加者が居る。どれかひとつが欠けても成り立たない。ましてや急ごしらえの企画で、それらを全て完成させるには、大きなエネルギーが必要となる。息が合わなければ、途端に瓦解してしまう不安定なもの。 
　そんな不安定なものを、しっかりと結びつけるものがあるとすれば、それは共通化された想いに基づく『絆』の存在。 
　一年。短くて長いその時間が紡いだものは、確固たる繋がりの糸。始めは細々だったそれも、時の流れでより太く、より多重に紡がれて、頑強に結ばれていく。その結晶体が『レジェンヴィス』そのものを形作っていた。 
　彼女自身の絆の糸は、まだ１年にも満たないでいるが、それでもだいぶ強くなった結び目を既に感じていた―― 
「紫陽花の、八重咲く如く、やつ代にを、いませわが背子、見つつ思はぬ……ですか」 


「さーて、うふふ……じゃあ最後はアレで、締めるとしましょっか」 
「おッ、もうラストか、アレだな……ほら、兄貴は中央中央ッ！」 
「えっ、わっ、ユテル、だから引っ張らないでっ！……な、何が始まるの……？」 
　全員が輪になり、中央にセツナを置く布陣が敷かれた。困惑の色を隠せないセツナが周りを見渡す。皆、ニヤニヤと悪戯な笑顔を浮かべていた。 
　ラゼルが指揮を取る。 
「じゃ、最後に行ってみようか……コホン。記念すべきレジェンヴィス一周年、これからも更なる繁栄と、皆の冒険の成功を祈って……せーのっ」 
「「「セツナマスターリスペクトッ！！」」」 
　がくっ。 
　セツナの膝が折れ、それ以外の全員はどっと笑い声を上げる。 
　間違いない…セツナは確信した。引きつった笑顔を浮かべながら、『そのもの』の目の前に歩み寄った。そして、『そのもの』の両頬を思いっきり引っ張る。 
「……オートマタさ～ん……？全て君の仕業なんだね～……！？」 
「ひゃわわわわっ、ふぉ、ふぉーりょふはんひゃいーっ！！」 

　　　　※　　　※　　　※ 

　騒がしい夜は開け、またいつもの朝を迎える。 
　曇り掛かった天気だったが、幸いにも雨は降っていない。空気は少し湿っていた。今日もまた、蒸すかもしれない。 
　レジェンヴィスの玄関口。ふと見上げると、軒先にツバメの巣が作られていた。空に掛かるツバメのシルエット。少し、笑顔が零れた。 
（行ってきます） 
　心の中でそう呟きながら、バタム、と玄関を閉じた。 



Episode01……ＥＮＤ

　見上げた空は、黒錆色に淀んでいた。 
　風も無い静かな街道に響く足音が一層早まる。湿った空気が、ぬらりと素肌に纏わり付いて鬱陶しい。じわり、と背中が滲む。 
　２羽のツバメが足元を飛びぬけていった。大きく空気を吸い込むと、微かに感じる鉄錆の臭い。 
（降り出すかな……） 
　思うや否や、足元が斑に濡れた。ざぁっ……と、耳障りな音が辺りの静寂を一気に流し去り、石畳に飛沫が上がる。駆ける足音は完全に掻き消されていた。 


-Eternal Desire- Private Short Stories 
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　Episode01　『ＨＯＭＥ』 
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「うわぁ……びしょびしょだよ。酷いなぁ」 
　勢いよくレジェンヴィスに転がり込んだセツナは、玄関口で一人呟いた。開いた扉の向こうで、地面を叩きつける雨音がけたたましく鳴り響いている。バタム、と直ぐに扉を閉めると、耳障りな音は幾分和らいだ。身体は酷く濡れている……とりあえず厨房のタオルを借りよう、そう思いながらカウンターの奥へと潜った。 

　イススィール島の港町、冒険者同士の売買取引が盛んな商業通りに位置する、元喫茶店。これを改修し、冒険者の集い場『レジェンヴィス』としたのが、ちょうど１年前。今では20余人の同志を抱える、相応の規模を持ったギルドに成長した。 
　発足の中心メンバーであり、現在マスターを務める若いエルフの青年セツナ・シアーフレイ。最近では技術士としての腕も買われ、冒険以外の仕事も多く舞い込んで来て、忙しい日々を過ごしていた。タオルに包まりながら、厨房から出てきたセツナは、ほうっ、と溜息を漏らし、呟く。 
「最近、色々あってゆっくり出来てないな……。報告書も目を通すだけで精一杯とか、うん、申し訳ないや……」 
　本来ギルドメンバーの集い場として使われる、元喫茶店のロビー。内装は小奇麗に整えられ、カウンターには人形、各テーブルには花が丁寧に飾られている。今すぐにでも経営ができそうな完成度を保っているが、現在ここには一人の姿しか居ない。 
　他のメンバーはおそらく、二階の部屋に籠もっているか、外出中で戻っていないのだろう。皆、冒険に日々の仕事にと、セツナ同様忙しさに追われている。 
　わしゃわしゃと頭髪を掻き乱し、タオルを被り込みながら、大きく背伸びをする。ふと、視界の先にあるカレンダーに目が留まった。 
「……あれ、もしかして……」 
　つかつかとカレンダーに歩み寄り、日付――今日の数字の所に焦点を合わせる。 
「そっか、今日で一応、一年になるんだ。なんだか、あっという間だったなー……んん、とりあえず」 
　ごそごそ、と濡れた鞄を漁り、何も無かったのか今度は周囲に視線を動かす。カウンター横のコルクボードに目が留まり、その脇に掛けられた赤色のペンにさっと手を伸ばした。そしてカレンダーの前に戻ると、目立つように印を付けながら大きめの文字で書き込んだ。 

『☆ギルド運営開始一周年☆　ギルドの皆、いつもありがとう！byセツナ』 

　これでよし、と大きく頷きペンを戻す。誰かがこれを見て、感慨に浸ってくれればそれで良いだろう。そんな風に思いながら、満足げに階段を上っていった。物音の消えたロビーには、外の雨音に混じって、微かにシャワールームが使われている音も響いていた。そして、今し方書き込まれたカレンダーの前に、物影が動いた―― 

　　　　※　　　※　　　※ 

　翌日、セツナはやはり外出していた。昨日からの仕事はまだ片付かないらしい、気付けばもう日が傾き始めていたので、今日も途中の段階で切り上げ、帰路に就いた。 
　昨晩の豪雨が嘘のように、今日の空は鮮やかな茜色に染まっていた。高く飛翔するツバメの姿がシルエットを残し、何ともいえない美しさを表現している。明日も晴れればいいな、そう思いながら石畳を一人歩み進む。あと十数メートルでレジェンヴィスの玄関口――というところで、その前に佇む二つの人影に気付いた。 

「おッ、やあっと帰ってきたな、兄貴！」 
「全く待ちくたびれたぞ。主賓が居なくては始まらないだろう……ほら、早く来るんだ」 
　手を頭上に組み、白歯を覗かせるユテル――そして、本をパタンと閉じ、呆れ顔で睨み付けるラゼルの姿だった。 
「えっ…えっ？何、どうか、したの……？」 
　全く予想外の出迎えに、セツナは半ば混乱した。――主賓？何かあったっけ……頭の中で考えを巡らせるが、どうにも回答を手繰ることができない。にわかにユテルが駆け寄り、腕を鷲掴んで引き摺った。 
「……わわっ、ユ、ユテル、ちょっとっ……！」 
「ほら、早く早く、入った入った」 
　豪快に玄関を開け放ち、ユテルの手によって押し込まれるセツナ。バランスを崩し前のめりの体勢で転がり込んだ。顔を上げるとそこには――今では珍しいことに――多くのギルドメンバーが一同に会していた。 

「「「レジェンヴィス一周年、おめでとー！！」」」 

　一斉に、クラッカーの音が鳴り響く。改めて周りを見ると、まるでパーティーが催されるような、賑やかな飾り付け――否、パーティーは今開催されたのだった。 
「わーい、セツナちゃんが帰ってきました！えへへ、るーちゃんもはしゃいじゃってマス」 
「セツナさん、お疲れ様ですの。今日の料理は私が思いっきり腕を振るいましたの」 
「あー、うっせぇな女どもは。おら、呼ばれたから仕方なく来てやったぞ。俺はまだここに来て２ヶ月ぐらいだけどな」 
　メンバーが各々、主賓に言葉を掛け出迎える。セツナを中心にして輪が出来上がっていた。全員とまではいかないが、大半のメンバーがこの場所に集っていた。 
　輪の外では、オートマタが逃げ回っている。その後ろから、プレアがハムスターを見せながら追いかけている。ついでにぽちも後を追う。 
　ハレルヤは、輪から少し離れたところで、複雑な表情で輪の中心を見ていた。視線に気付いたセツナが輪から抜け出、視線の主の眼前に立つと、彼女は気恥ずかしそうに目を逸らした。 
「ハレルヤ……まだ……」 
「ん、大丈夫……ほら、今日はめでたい日なんだし、さ……。あたし一人沈んでて、空気悪くする訳にもいかないし……あははっ。ほら、気晴らしに今日ぐらいは思いっきり騒いで、思いっきり食べちゃおー！」 
　ごまかすように笑顔を作り、テーブルに並べられた料理に手を伸ばす。居たたまれず言葉を掛けようとするが、間にシーナが割り入り、静かに首を振った。本当に辛ければパーティーには参加していないだろう、こうして顔を見せてくれたこと自体が、彼女なりの気遣いだったのかもしれない。 

「さあさ、積もる話もあるでしょうし、まずは折角の料理を頂いちゃいましょ。ママソもうお腹ペコペコよ」 
　ママソの手拍子を合図に、立食パーティーが始まった。選り取りみどりの料理を皿に盛り、立ち話をする者。周りに目もくれず貪る者。ウイセーユを片手に早速酔っているのは、ファリスのようだ。 
「んー、染み入るねぇ、ディグラッド謹製はやっぱり一味違う」 
「ファリス、酒飲めたんだ……僕も頂こうかな。あ、ニニスも飲む？もう注いじゃったけど」 
「わ、私はその……御免なさい、未成年ですから……ところでプリシラさんが、先ほどからすごい量を皿に盛り付けているみたいですけど……止めるべきでしょうか？」 
　いつにも増して賑やかな表情を見せるのは、陽だまりの唄の一同。あくせられーたのアクラも、同じ輪に加わった。 
「……あっ、アクラさん。もし良かったらこのウイセーユ、飲みませんか？」 
「はむ、ごめんなさいですよ、私もお酒はあまり好きじゃなく。ところでトーイさんでしたっけ、同じ闇魔法の使い手として、話を聞いてみたいのですけど」 
　場が盛り上がると、自然と各々パーティの垣根も越えて、輪が広がっていく。冒険譚であったり、成長についてであったり、はたまた日常のこと、好きなもの、事欠かない話題の数々――食べるのに夢中なものも、中には勿論居るが。 
　空いたテーブルを使って、ノルクに腕相撲を申し込んだのは、ユテルだった。 
「あはは。どーん！」 
　一瞬で勝負が付いた。ユテルの腕が、若干テーブルにめり込んでいる。 
「ぎゃああぁぁぁ！痛えぇぇぇーッ！」 
「何やっているんですか、無謀な勝負なんて挑むから……ハイキュア！」 
「人間が機械に挑むこと自体が、間違っていると思うな……おいらも」 
　ユウとスズは呆れ顔、反面ノルクは満面の笑顔。 

「うわー」 
　傍目でその光景を見ていたセツナも、思わず顔を引きつらせた。備品のテーブルも壊されてしまったことを考えると、少し頭が痛い。ぽん、と肩に手が置かれる。エドであった。 
「はは、済まないね、うちのノルクがとんだ失礼をしてしまった」 
「あははは……いえ、もとはユテルから言い出したことみたいですし。本当、ユテルってば無茶するなぁ」 
　苦笑いを浮かべるセツナを見て、エドはいつになく優しげな笑顔を浮かべた。 
「……素晴らしいものだと思わないかな？こうしてギルドの一員が集まって賑わいを見せてくれるのも、結束の強さから来るものだろう。皆、このレジェンヴィスが好きなのだ。悩みを抱えていても、辛く苦しい日々を過ごしていても、皆がここに集い、安息を求める。ここには、いつだって皆が居てくれるからね」 
「エドさん……はい、そうですね……本当に」 
　セツナの表情から、笑顔が零れる。和気藹々と盛り上がるギルドのメンバー。それぞれが、それぞれの感情を持ち、それぞれの思惑とともに冒険を続けている。それらは、他者が縛れるものではない。 
　しかし、冒険から戻り、身体を休めるこの場所だけは、皆の共有する世界なのである。この世界を守り続けて早一年――途中でメンバーも増え、更にギルドとして成長した。これからも、この世界が在り続けていて欲しい。そう願う気持ちは、きっと一人だけではないだろう。 
「ありがとうございます、こんな素敵なパーティーを……あれ？そういえばこのパーティー、企画した人はそもそも誰なんですか？」 
「……ふ、さぁね、誰だと思うかな？」 
「……？？？」 

　賑わうパーティーの輪から少し離れたところで、テーブルに腰掛ける人影と物影――ラゼルとオートマタの姿がそこにあった。手作りプリンで舌鼓を打ちながら、満足な笑顔を二人浮かべている。眼鏡をクロスで吹きながら、小さく呟きかけた。 
「大成功だね。流石オートマタさん、といったところかな？」 
「いえいえ、私は何もしていませんよ。集まって下さったのは、みんなな訳ですし……急な話だったのに、何とか予定を合わせて下さったり、料理まで用意して頂けて……。私こそ、みんなに感謝したいぐらいです」 
「そんなこと言って、君だって皆が居ない間にお部屋の飾りつけ、頑張っていたじゃないか」 
「……内緒ですよ？……ん、プリンおいちっ」 
　パーティーには、主催者が居て、主役が居て、参加者が居る。どれかひとつが欠けても成り立たない。ましてや急ごしらえの企画で、それらを全て完成させるには、大きなエネルギーが必要となる。息が合わなければ、途端に瓦解してしまう不安定なもの。 
　そんな不安定なものを、しっかりと結びつけるものがあるとすれば、それは共通化された想いに基づく『絆』の存在。 
　一年。短くて長いその時間が紡いだものは、確固たる繋がりの糸。始めは細々だったそれも、時の流れでより太く、より多重に紡がれて、頑強に結ばれていく。その結晶体が『レジェンヴィス』そのものを形作っていた。 
　彼女自身の絆の糸は、まだ１年にも満たないでいるが、それでもだいぶ強くなった結び目を既に感じていた―― 
「紫陽花の、八重咲く如く、やつ代にを、いませわが背子、見つつ思はぬ……ですか」 


「さーて、うふふ……じゃあ最後はアレで、締めるとしましょっか」 
「おッ、もうラストか、アレだな……ほら、兄貴は中央中央ッ！」 
「えっ、わっ、ユテル、だから引っ張らないでっ！……な、何が始まるの……？」 
　全員が輪になり、中央にセツナを置く布陣が敷かれた。困惑の色を隠せないセツナが周りを見渡す。皆、ニヤニヤと悪戯な笑顔を浮かべていた。 
　ラゼルが指揮を取る。 
「じゃ、最後に行ってみようか……コホン。記念すべきレジェンヴィス一周年、これからも更なる繁栄と、皆の冒険の成功を祈って……せーのっ」 
「「「セツナマスターリスペクトッ！！」」」 
　がくっ。 
　セツナの膝が折れ、それ以外の全員はどっと笑い声を上げる。 
　間違いない…セツナは確信した。引きつった笑顔を浮かべながら、『そのもの』の目の前に歩み寄った。そして、『そのもの』の両頬を思いっきり引っ張る。 
「……オートマタさ～ん……？全て君の仕業なんだね～……！？」 
「ひゃわわわわっ、ふぉ、ふぉーりょふはんひゃいーっ！！」 

　　　　※　　　※　　　※ 

　騒がしい夜は開け、またいつもの朝を迎える。 
　曇り掛かった天気だったが、幸いにも雨は降っていない。空気は少し湿っていた。今日もまた、蒸すかもしれない。 
　レジェンヴィスの玄関口。ふと見上げると、軒先にツバメの巣が作られていた。空に掛かるツバメのシルエット。少し、笑顔が零れた。 
（行ってきます） 
　心の中でそう呟きながら、バタム、と玄関を閉じた。 



Episode01……ＥＮＤ