不安と夢 “his little wish”
【ごちゅうい！】
by.セツナ
・過去のSSを読んでないとものすごく「誰テメェ」となります。
・ものすごく120回結果直後から、121回結果直前までのお話。
・ものすごく自己満足の極み。
・ものすごくポエム。
・ものすごくポエム。
ものすごく覚悟完了した方だけにスクロールする権利をやr（殴。
『……大丈夫、そのまま進めばいい』
目の前に広がるのは、戻って来られるか不安になる程の深い闇。闇そのものよりも、自分の身体を置いて――“死を超えて”逝かなければならないことに戸惑った。
それでも、ピアスから聴こえる声を信じて、僕は足を踏み出した。
エンセスの先を見るより、その声の主に逢いたいという一心で。
― 不安と夢 “his little wish” ―
声だけならずっと前から聴こえていた。それこそ旅に出る前――診療所でイススィール島のことを教えて貰った時から。けれど、イススィール各地のパワースポットを巡り、神器になり得る程の力を蓄えた今でさえ、幽かな存在を感じるだけ、言葉もほんの僅かが伝わっているように思えるだけで、声の主自体とはきちんと会話を交わすことすらできずにいた。
声のした方へともがくような思いで進む。歩いているとか、走っているとかいう明確な感覚はない。視界はずっと暗いままだし、同じように踏み出した筈のユテルやラゼル、プレアの姿も見えない。それでも僕はただ進み続けた。
* * *
「……何処に、居るの」
いくら進んでも変わらない景色。遠くに来すぎたんじゃないか、とよぎった不安に進むのを止めると、急に周囲の闇が重くのしかかって来る。慌ててもう一度進もうとしても、動けないまま意識が沈んでいく。
沈み切る直前、何かが自分に触れたような――いや、確かに“頭”に触れられた感覚にはっとした。身体は不死者たちの元に置いてきたはずなのに、どこに触れられたのか認識できたことを不思議に思い、そして――。
「――意識を強く持たないと、迷子になっちゃいますよ？」
今まで聴こえていたものよりずっと鮮明な声に顔を上げる。影ではない、はっきりとした姿。僕のフェレス、銀色のピアスの元々の持ち主――僕が憧れていた、救いたかったヒト。
「――、――ッ、せんせ――、」
どうやら座り込んでいたらしい僕に対して、屈んで目線の高さを合わせ、右手を伸ばして――頭に触れる感覚は、先生が僕を撫でる手だったんだ。そう理解してすぐに、視界がぼやけて頬を水滴が伝う。
「ふふ、見付けられて良かったです。これでやっと話すことができますね。……しかし、あの時といい、今といい……セツナ君を泣かせてばかりですね、僕は」
おどけるように先生が笑う。僕も目元を拭って笑い返す。
「えへへ、泣き虫でごめんなさい。でも、今はあの時の涙とは違いますから。……いつも側に居てくれたのが先生だって、確信はしていたけれど……また逢えて、嬉しいです」
* * *
「……でも、あの戦争は、たくさんのヒトが居なくなってしまったのに、先生以外の幽霊って見たことないかも」
もちろん、イススィールやエンセスでは沢山見てるけど。……というか、さっき見たばかりだけれど。
「そうですね、簡単に言ってしまえば幽霊だけれど……厳密には違うのでしょうか――あの時のピアスには神器の力なんて殆と無かったはずなのに、元々の所有者だった僕の願いを叶えてくれたんです」
「先生の願い……？」
「……僕は君たちを終戦まで守り切ることも、あの子――エルとの約束も、果たすことができませんでした。……だから、もう少しだけ見守って居たかったなって、そう最期に思ったんです。まあ、最初はさっきのセツナ君みたいに、自分が何処にいるのか判らなかったくらいだったけれど――何度も『力を貸してください』って声が聴こえましたね」
”せんせい、どうか、ちからをかしてください”。
フェレスの力を借りる時、いつも心で唱えていた言葉。改めて本人に言われると恥ずかしくて仕方が無かったけれど、今取り繕ったところでもっと恥ずかしいだけだから黙っておく。
「その声を切っ掛けに、だんだん周りを認識出来るようになっていって――フェレスとしての意識と、自分がピアスの中に存在していることに気付いたんです。……主を喪ったフェレスは砕け散ってしまうそうだから、それを防ぐための応急処置だったのかもしれないけれど……なんにせよ、こうやって存在できていることを幸せに思います」
「先生の魂がまだ此処にあるってこと、エルキッドにも伝えられたら……また笑ってくれるかな」
「ふふ、そうだと良いんですけれど……でも、このままだとフェレスから――つまり、君から離れられませんし、この世界でならともかく、現実世界ではまともに存在することも出来ませんから、少し不便でしょうか……まあ、贅沢な悩みですね」
それなら、代わりの身体を――と思いかけて、寒気がした。代わりになるようなものは、ひとつだけ心当たりがある。それは僕が、一番怖くて、嫌いだったもの――。
……そう、まだ僕は怖いんだ。その恐怖に勝てたとしても、フェレスから魂を移すなんてことが出来るかどうか、わからない。
「……さてと、そろそろ行きませんか？ きっと皆さん、待ちくたびれていますよ？」
僕の迷いに気付いたのか、先生は数歩だけ先に進んでからそう言って笑った。その先には人影が三つ。慌てて立ち上がり、歩き出す。当たり前だけれど、身体はもう重くなかった。
* * *
「……ね、先生」
三人の姿はまだ遠い。みんなと合流する前にひとつ、伝えたい事があった。
「前に、『謝るのは、僕の方だ』って、言ってましたよね。あの約束が、『こんなに重荷になってしまうなんて』って。……でも、先生が居なかったら、エルキッドも僕も生きてないですし、仲間や大切なヒトに出会えたのも、あの時の約束のおかげだから。……だから、先生には感謝しなくちゃ。謝ることなんて、ちっともないです」
僕のその言葉に、先生は何かを堪えるような、苦しそうな息遣いをしたように感じたけれど――すぐに柔らかく微笑んでくれた。
「……、……君にそう言って貰えて、ほっとしました。……けれど、ここまで来る事が出来たのは、セツナ君自身や、周りの皆さんの力があってこそですから。それも、忘れないでくださいね」
頷いて、少しだけ早足になる。まずは此処から抜け出さないと始まらない。エンセスの深淵に何があるのかはまだ分からないけれど、すべて乗り越えられたら……今より強くなれるよね？
そして、果たせなかった約束を、もう一度。
あなたに、あの子の手を掴んでもらいたいから。
その為になら、きっと――
– fin –