【第六十二回更新後から今までの出来事のお話】
【長い】
【脈絡がないのはもはや作風】
【ルート選択に影響はない、たぶん】
【とりあえずこれで本編SSは終わり】
【はじまり、はじまり】

by.ハレルヤ

暖かくて、心地よい。
何も見えないのに、とても安心できる。優しい何かに包まれたような、そんな感覚。

……あたしは今、眠ってる。

少し気だるい身体とまどろむ頭が、まだ覚めたくないと訴える。
心地良い余韻だけが続く感覚が、尾を引き躊躇いさせる。

………うん。
どうせ、今日はなにもないんだし、もう少しだけ寝ててもいいよね。
覚めない頭でそう想うと、目の前が白くなっていく感覚だけがあたしを満たす…………

――白い白い靄の中には、二つの影が映っていた。


――――――――――――――――――――――
Last Point　―抗ウ者ノ証―
――――――――――――――――――――――


靄の中に映った二人は、小さい頃のあたしと、父さんだった。
夢の中の父さんは、少し困った顔で満面の笑みを浮かべたあたしを見ていた。……懐かしい。

「……へっへーっ！父さんっ、またひとつ悪は滅んだぜぃっ！」
「お前、ハレルヤ……あのなぁ、ったく。毎度毎度よくもまぁ……
ホラ、まず腕見せてみろ。痛いところはないか？」
「大丈っ夫！あたしつえーもんっ！」
「あー強い強い。お前は強いよ。
まったく。誰に似たんだか……」
そう呆れながらも、手当てする父さん。

『……うーん、かなりハズいぞー…この夢』
小さい頃のあたし、馬鹿みてぇ。……いや、今のあたしも言えたモンじゃないけど。
そんな、未来のあたし…もとい、今のあたしを知らずにまだ言う、“あたし”。

「ふっふーん！あたしは正義の味方だからなっ！正義は勝つ！つーか勝った！」
「わぁったわぁった………
ん、大きい怪我は無さそうだな。……流石、と言うべきか？うーん……

――っと。正義の味方、か」

そして、手当てを終えた父さんは、“あたし”に聞く。
あの時は何も考えず答えられた、あの問いを。

「……なぁハレルヤ。正義って、何だ？」
「正しいこと！」
「じゃぁ、悪は？」
「正しくないこと！」

『……なんだかなぁ』
よくもまぁ、こんなに堂々と。しかも答えになってないし。
……今のあたしも、こうやってはっきり、答えられるのかな。

「う～ん……
そうだなァ…例えば、ここに二つの国がある。青の国と、赤の国。
ある日突然、青の国はお隣の赤の国に喧嘩を吹っ掛けました」
「そっちが悪だな！」
「何故なら青の国には沢山の人がいて、食べ物がないと皆お腹を空かせてしまうから。
ハレルヤも、ご飯が食べられないと嫌だろ？……だから、生きる為、救う為、彼らは戦う」
「あっちが悪か！」
「もちろん、喧嘩を吹っ掛けられた赤の国も、食べ物をあげてしまったら今度は自分達がお腹を空かせてしまう。……彼らもまた、生きる為、守る為、戦う。

――お前が言う正義は、どっちだと思う？ハレルヤ」

『誰もが等しく、戦う理由があるから――』
セツナも、しー姉も、ニニスちゃんも、ハイレオンさんも。
エイクドも、マフェリアリも、ミュウも、グッドマンも。
―――あたしも、父さんも。

「えっ？
うー…とぉ、えー…とぉ……」
「ゆっくり、落ち着いて考えな？」
「ん、ん、んー……
……どっちも、正義？」

『―そう』
あの時は解らなかった、正義の理由。
願いを果たそうとする意志こそ、正義。

「そう。
どっちも正しく、そして、間違っている」
「でも、それじゃぁ…！」
“あたし”の肩に手を置き、真剣な目で言う父さん。
「ハレルヤ、
正義の敵は悪。確かにそれもある。
――だけど殆どは、別の正義なんだよ」
「別の、正義……」

正義は協力するものじゃない、
相容れず、喰らい合うもの。
『……ちょっと難しすぎるよ？父さん』
苦笑するあたし。
あたしだって、やっと解ったばかりだもん。
……うん、解ったんだよね？あたし？

「……それは、正義を名乗るなら、必ず戦っていく相手なんだ。
……そう、父さんみたいにな」
「…………？」
「父さんも……母さんの為に、戦ってきたんだ。――沢山の、別の正義と」

「父さん……

むずかしくて、わっかんないようっ！！」


ようやく見つけた、正義の意味。
ようやく解った、あの時の答え。
『えっと……あの時の、父さんの言葉……』

護りたいものがあって、
失くしたくないものがあって、
でも、捨てなければならないものがあって、
だからこそ、選んだ答え。
選んだ、その意志。
『――…そう、だ』


「………あ、ははは。――そう、だな。わりわり。

――よし、ハレルヤ」


そう言う父さん―いや、“ハル”は、あたしを見た。
あたしの“前”に、皆から“ハル”と呼ばれた父さんが、居た。
頬に傷の無い、あたしとそう変わらない歳の、彼が。
その彼の瞳が、（/あたしと同じ瞳が）あたしを真っ直ぐと見据え、言う。

「もしお前が、この先も正義の味方として在りたいなら、これだけは忘れるな？


―やるべきことをやるんじゃぁない、やるべきと思ったことを、やるんだ。
そして、決めたら、迷うな。――『それでも』と、抗い続けろ」

抗え。
届かない願いに（/諦めかけた夢に)。理不尽な現実に（/身勝手な真実に）。
子供の駄々かもしれない、でも、格好つけて諦めたくなんかない。
胸を張って「それでも」と、吼え続けろ。

「たとえそれが運命だろうと神だろうと、知ったことじゃない。
お前が違うって思うなら、抗え。抗って、自分を貫け。それがお前の正義になる。
――大丈夫。お前はずっと、そうしてこれたんだからさ」
ぐっ、と拳を差し出した彼は、笑顔でそう言った。


……いつか、ウィンと話したことがあった。
―あいつは、勇気のある奴だったぜ。…あぁ、どんなモノにでも果敢に立ち向かう、そんな勇気の持ち主だった。
―だがな。アイツの本当の勇気は、オレを許したことだと、オレぁ思ってる。
許す勇気…簡単に言うが、すげぇ難しいことなんだぜ？
オレが負けたのも…そしてその上で、オレがこうしていられンのも、あいつがそんな奴だったからだろうな―…

許す勇気。
ウィンの言うとおりそれはきっと、父さんだけのものなんだろう。
―そして、あたしだけのもの。
あの時解らなかった、あたしの意義。
それでも通してきた、あたしの意志。
誰が正しいとか、誰が正しくないとかじゃぁ、ない。
不可能だから、無理だから、じゃぁない。
あたしが、あたしを貫くこと。それがあたしの、正義。―抗う正義だ。

「――うんッ！」
あたしも、差し出された拳に、拳を返した。
鏡に映った自分を、確認するように。


――――――――――――――――――――――


「…―かははっ！よぉーやっとお目覚めかァ？」
気が付くとハルの後ろに、もう一人のハルがいた。―違う、あいつはウィン。
「いー加減起きろよなハレルヤちゃんよォ？じゃねーとお前の王子サマが目覚めのキスをしちまうぜ？かははっ！」
「なっ！ちょっ！馬鹿っ！何言ってんのさっ！？」
かははっ、と笑い流すウィン。―こいつも“ハル”と同じ身体で。ただ、瞳の色が蒼だった。
そんなウィンに父さんは、振り返らず、しかし嬉しそうに、声をかける。
「――ウィン、迷惑かける。……ありがとうな」
「―……かははっ、何言ってんだ相棒。ハレルヤちゃんはオレの娘でもあんだぜ？ったりめーだろ？」
さも当然のように返すウィン。……この二人が殺し合ったなんて、嘘みたい。
「――だな。

……と。そうだ、ウィン。
おれ、実はまだハレルヤに誕生日プレゼントを渡していなくてさ…―で、お前、“あれ”持ってきてるだろ？」
ウィンのほうに向き、ちょっとバツの悪そうに話す父さん。……って、たんじょうび？
「え…と、父さん？」
「はァ？お前、可愛い娘の誕生日にプレゼント渡してねーとか、ホント父親失格じゃねーかァ？ったく、しゃーねーなァ…―そらよッ」

ウィンが何かを放り、それを受け取る父さん。
受け取った父さんはあたしに向き、当てた拳のほうの手を取りそれを握らせる。


―ウィンからハルへ。そして、あたしに。

「―ハレルヤ。誕生日、おめでとう。
少し…ぁー、大分遅くなったけど、俺とウィンからの、プレゼントだ」
まるでそうやって、継がれてきたかように。


それは、温もりのある乳白色の碑片、「え…これ、父さんの……」
―違う。
それは、最早読み取れない小さな欠片が付いた、白い首飾りだった。
「ハレルヤ。お前の、フェレスだ」

「あたしの―フェレス…？」
「あぁ。正真正銘、ハレルヤちゃん、お前だけのフェレスだぜ？」。
渡されたそれはとても暖かくて、あたしに応える様に（/自我を持つように）、淡い輝きをあたしに見せた。――仮初じゃない、あたしだけの、フェレス。

あたしの、願いのカタチ。
「――二人とも……うん、ありがとう！」


――――――――――――――――――――――


ざあああ―――と、一陣の風が靄を吹いた。
「――時間、か」「…あぁ。だな」
周囲の靄は風に吹かれ、視界の晴れた世界には緑の島が映っていた。
「あ――」
そう。眼下に広がってたのは、イススィールだった。
「そっか…あたし、ずっと……」
気を失う、直前の記憶がよみがえる。
絢爛と輝く双子の天使を引き連れた、堕天者ユテァリーテ。
彼女に敗れ気を失い、ここに来たんだ。

「皆…大丈夫かな」
「かはははっ。心配すんな、アイツはオレが殺してバラして並べて揃えて晒してやったからよォ？」
そんなあたしを支えるように、背中に手のひらを当てるウィン。
なんだかんだ言って、いっつも支えてくれたウィン。
「―だからあとは、お前の舞台だ。役者も観客も、傑作なほどに揃ってやがる。
さっさと戻って、決めてやろーぜ？」
「ウィン……」と、振り向こうとするあたしを制止する。
「大丈夫だっつーの、島に戻ってもオレぁいるからよ。―かはは、またあとで、だ」

もう一つの手のひらが当てられる。ハル――いや、父さんのだ。
「あ……」
夢の中なのに、夢じゃない。本物の父さん。――ようやく会えた、父さん。
もっと一杯話がしたかった。言いたいこと、聞いて欲しいこと、見て欲しいもの、沢山あった。……なのに。
「――迷うな」
父さんは、静かな声で言った。
「大丈夫だ、絶対。お前がお前自身を信じてやれば、必ずまた会える。
そしてハレルヤ、おれは信じてる。お前を。
……お前に出来ないことなんて無いんだぞ。なんたってお前は、おれの娘なんだからな？」
決めてこい、ハレルヤ。
そう言う父さんの気持ちが、手のひらを通じてあたしに伝わってくる――大丈夫。
「父さん――…うん！また、ね！」


そうして、二つの腕があたしの背中を支える。
……ううん、違う。あと一つ。
真ん中に、優しい華奢な手が当てられる。――他の二つとは違う、女性の。
とっさに振り向きたい衝動に駆られた。―振り向いて、その胸に飛び込んで、撫でて欲しい。だってあれは。
……ううん、ダメだ。そんなことしたら、きっと困らせちゃう。
それに、決めたから。―このどうしようもない運命に、抗うって。

……だから、

「――よぉーっし！！行ってきますッ！！ウィン、父さん、そして母さん！！」

――行こう。決戦の地へ。
――そして帰ろう。皆の許へ。