【 疵 】 ─ キズ ─
【 疵 】 ─ キズ ─
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「がッ───…」
胸部を強打した飛竜の尾に、一瞬呼吸が止まる。
後ろに伏す仲間達はもう動けない。
しかし、眼前でブレスの体勢をとる２頭の竜も既に満身創痍だ。
どちらが斃れ、どちらが生き残るかは次の一撃で決まる。
「───クソったれ。外れてくれるなよ…」
吐き捨てた唾には、朱い生命の色が混じっていた───。
『月心天』と呼ばれるパーティがここにある。
月の名を持つ少女と、豊かな慈愛の心で人を癒す少女。
そして二人を護ることを仕事にした用心棒の獣人という三人で構成された、ごくごくありふれたパーティだ。
此処は彼らの常宿となっている部屋。
そろそろ黄昏が迫ろうかというその一室で、三人は顔を合わせていた。
「ああーもうッ！油断したネ」
「ほら、ユエちゃん。そんな風にしたら爪の形が悪くなってしまうわ。
包帯を巻くから腕を見せて？」
口惜しそうに爪を噛む中華風の少女に、同じく負傷している緑衣の少女が傷の手当てを促す。
彼らはつい先程、冒険地域である灰城－ロマルフ－から帰還したばかりであった。
灰城の難所のひとつに数えられるレーッドテラス。
テラスへ舞い降りる二頭の“はぐれ飛竜”は、廃王マフェリアリが溺愛するペットだともっぱらの噂である。
数多の冒険者達を返り討ちにしてきたのは、流石腐っても竜といったところだろうが───そんな飛竜も、一部の者達には価値秘めた竜鱗と魔力を帯びた血目当てに乱獲されているのが現状だ。
実際、はぐれ飛竜は熾烈さを増していく戦いを前に地力を付けるにはもってこいの相手であり、あまたの冒険者達が彼らを相手に修行を積む姿が数多く見られた。
…そういった中には、時として“事故”も起こる。
昨日の快勝が、常に明日の勝利に帰結するとは限らないのだ───。
「だってぇ、セリス姐姐くやしくないアルか？
今まで勝ててた竜に、こんな風にコテンパンにされてっ！」
「でも、みんな大きなケガはなかったんだもの。それだけでも良かったと思わなくちゃね」
「でもぉ～…」
モゴモゴと枕の端を咬みつつベッドで丸くなる少女を横目に、それまで黙っていた男が気怠げに立ち上がった。
「あら、ハイレオンさん？お出かけですか」
「ああ」
「でもまだ傷の手当てが───」
「野暮用でね。嬢ちゃん達は先に寝ててくれ」
みなまで言わせないその背中に、強い拒絶を感じる。
少女は溜息を飲み込んで微笑みを浮かべた。
「わかりました、気をつけて」
「悪いな、セリス。───そこのヤサグレた仔パンダにも何か旨いものを喰わせてやってくれや」
「むー！パンダって何ヨ、レオ兄のおたんこなす、スキモノー！
またどっかの女の人のトコに入り浸る気アルな～っ」
「妬くな妬くな、お前さんにゃあの色男が居るだろが」
「善葉兄のこと言うなー！善葉が減るアル！」
きゃんきゃん吠える中華娘を笑い去なして、結局振り向きもせず男───ハイレオンと呼ばれた獣人は部屋を後にした。
……階段を下りる微かな振動が骨に響く。
ここが三階なのが恨めしい。
……あばらが三本、うち一本は折れてやがるな…。
利き手と足がやられなかったのは、儲けもの…か。
倒れてなどいられない。
なにせこの借りは、近く10倍にして件の飼い主に返してやらねばならないのだから。
奇麗に折れた肋骨は不幸中の幸いだろう。回復力の高い獣人ならば数日で癒着する。
痛みを抑える錠剤を幾つか、口に放り込んで躊躇無く噛み砕いた。
必要なのは食によるエナジーの補給と、何より睡眠だった。
となると、やっぱあそこかね…。
あかりが灯り始めた取り引き通り。
未だ賑わいを失わないその場所へ、ハイレオンは足を進めた。
扉を開けば、軽やかなドアベルが来客を迎える。
広がるリビングの片隅、階段にほど近い場所にはすっかり彼の定席と化した、紅い布張りの長椅子が鎮座していた。
左手には、喫茶店だった頃の名残だろう古ぼけたジュークボックス。
───この年代物が、実はまだ現役で動くと知ったのはつい先日のことだ。
コインを投入すると、スピーカーからは叶わぬ恋の歌を哀切に歌う女性シンガーの声がノイズ混じりに流れ出した。
ギルド・Legenvis[レジェンヴィス]
そこは、関わりを持たぬはずの冒険者達が寄り集まり、情報を交わし、憩い、旅立っていく。
そんな自由が売りの空間だ。
何の酔狂か、足を踏み入れたのはほんの一月前。
たった一月だというのに古株の誰よりも我が物顔で居座るほど、ハイレオンにとって此処は馴染みの場所になってしまっていた。
別に、仲間の少女達の傍には身の置き場がない、という訳ではない。
ただ───弱った部分を彼女たちに見せるのは御免だという妙なプライドがあって。
ここは幾人もの人間が常に行き交っている。
騒がしく活気に溢れ、それでいて自ら関わろうとしなければ干渉はされない。
フェレスと呼ばれる忌々しい黒鎖の所為で、眠りに入る条件を限定されているハイレオンにとって、必要以上に警戒せずに雑多な中に身を置いて惰眠をむさぼれる環境は願ってもないものだった。
思った以上に居心地がいい。
ジュークボックスにコインを入れたその足で、カウンターに置かれたままのニュースペーパーを手に取る。
長椅子に転がって、ギルドメンバー達の動きが事細かに掲載された紙面を追えば、もれなく片隅に月心天の惨敗も載っていて思わず舌打ちが漏れた。
手にした酒瓶を呷れば食道と空きっ腹を強いアルコールが灼いていく。
そういえばまだ飯にしていなかったな───と思ったが、既にクスリとアルコールの相乗効果で瞼は重くなり始めていた。
「───…みますけど、大丈夫ですか？」
ふと墜ちかけた意識が引き戻される。
目を開ければ、ギルドを総括する年若いマスター、セツナが心配そうに顔をのぞき込んでいた。
先程まで無意識のままに耳が拾っていた情報が、一気に脳裏へとよみがえる。
聞こえてくるのは恋しい相手を想う、優しい青年の困惑の声。
……とり、つかれた？ ”オレの娘”？――どういう、事？
――、ハレルヤ……？ じゃ、無い……、ないよこんな、の。
娘って言ってる事は、お父さん？ ……でも……
頭に残響る声を振り払うように ふるりと頭を振って、ハイレオンは上体を起こした。
「掠り傷だ。それより食いモンはねえか？ ───…血が足りねェ…」
「手当より食事ですか」
ハイレオンさんらしいですね、と苦笑いを浮かべた顔は、何処か痛々しい。
そうだ。恋仲の嬢ちゃんが厄介なことになっているんだったな、とハイレオンは先頃遭遇した───セツナが恋する少女と、その内側に潜む粗暴で下品な男の人格の───異形を思い出した。
ああいうのを何てったっけか…怨霊？付喪神…？
フェレスが人格を持って一人歩きするのは前例がないワケじゃないが、ああも所有者を支配してるのはな…。
いや、むしろハルの嬢ちゃんが明け渡してるのか？
いくつもの思考が浮かんでは消える。
だが、今は───
背もたれに身を預けたまま、伸ばした拳で軽くセツナの胸を突いた。
「あいつの前では、どーんと構えてろよ」
男ってのは突っ張ってこそナンボだ。
不安だろうと、血反吐を吐くほど苦痛に感じようと、女が寄りかかれない男に価値はねえ。
惚れてるなら笑って迎えてやれよ。
いざって時は支えてやれるように───。
一瞬、長い黒髪の少女の幻影が視界の端を掠めて消えた。
ああ、そうだったな…。
「俺が偉そうに人のこと言えた義理じゃねーけど、なァ…」
「……実感がこもった言葉ですね。経験者は語る、ですか…？」
でも、有り難うございます。
そう呟いて、セツナは手際よく傷の処置を施していく。
心なしか、その表情には僅かばかりの明るさが戻っていた。
この後、帰還したハレルヤ─ウィンダール─がセツナを押し倒したり、弁当の代価を支払っていなかったり、騒がしいクソガキ…もとい、竹刀がハイレオン相手にくだを巻いたりと小事件が幾つか起こったが、[レジェンヴィス]では珍しくもない日常の一齣である。
その夜、薬のバッドトリップにしては随分と心地の良い眠りがハイレオンに訪れたことだけは確かだった。
【事後のコトワリ】
by.ハイレオンPL
このドラマはフィクションです。実在の事件冒険、PCの方々とは一切関係があるような無いような───突き詰めて考えてはいけません。
あ、ちなみにPLは『セツナ×ハレルヤカップリング推進委員会』の末席に名を連ねていそうな気がします。
障害の多い恋って燃えますよね！ …ええ他人事ですが（マテ
※こっそり、参考冒険結果※